追悼 植木 等さん
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作成日時 : 2007/03/27 23:41
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また、昭和の顔が亡くなった。子どもの頃、私は、植木等さんの「スーダラ節」が好きだったらしくて、よく片手をぶらぶらさせながら、まわらない舌で「スイスイスイタイライタイスラスラスイスイスイ…」と歌っていたらしい。らしい、というのは、私にはあまりはっきりした記憶がなく、親がそう言うからだ。
高度成長期の頃、私の父親の世代の男たちは、モーレツに働きつつ、仕事帰りに、縄のれんや赤提灯で、気のおけない仲間といっしょにちょいとお酒をひっかけて、ほろ酔い加減で帰途についたのだろう。今は、居酒屋か。個人主義のさなかで育った若者たちがサラリーマンとなったとき、やはり、この世代の男たちと同じように、気の合う仲間たちと、飲んでしゃべって憂さをはらすのだろうか。それとも、「人なんて、うざい。なんで仕事が終わってまで、仕事仲間に付き合わなくちゃいけないんだ。めんどくさいだけさ」なんて思うのだろうか。
若い頃の植木等さんは、私はあまり好きじゃなかった。クレイジー・キャッツ時代の彼は、なんだか脂ぎって見えたから。歳を重ね、いぶし銀のような渋みの出てきた植木等さんは、とても素敵だった。それが、人の年輪というものなんだろうなと思う。
植木等さん、ありがとう。さようなら。
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